2010-09-16
運動会の朝の空と 秋刀魚
高いところに雲が浮かんでいて、窓を開けると少し涼しい澄んだ風が入ってきた。
小学生のころ わくわくした 運動会の朝の空と一緒だった。
ベッドから降りて床に座って窓を見上げると、そこだけくっきり切り取られた絵みたいで
なんだかうれしくて しばらくそのまま眺めてた。
午前中は お母さんがおばあちゃんちへ大根の種を植えるのを手伝いに帰ってたから、私は頼まれてた妹の英語の問題作りをすることに。
高校生のころ使ってた問題集を何年かぶりにひっぱり出してきた。
少し問題に目を通すと ぎゅんっと時間が一気にさかのぼって、
そこに引いたマーカーの線や 貼ってある付箋の意味まで思い出せた。
そうだ そうだ、あたし ここのこの単語、どうやっても覚えれなかった、とか。
これ、この日本語訳にするの ほんと嫌い、とか。
もう10年くらい前になるのに、その問題をしてた時の天気や周りの風景まで、まるでついさっきくらいの鮮明さで思い出せて ちょっとびっくりした。
今日の晩御飯は秋刀魚の塩焼き。
買いたいな、と何度かスーパーでも思ってたけど、どうも今年は高くて手が出てなかったけど、さすが瀬戸内。(って秋刀魚が瀬戸内で獲れるわけじゃないけど)
ぷりっとまるまる太ったからだで 艶もすごくよくて、
おかあさんと夕飯の買い物に行ったスーパーで見た瞬間、
それまで何が食べたいかよくわからなくて困ってたのに
一瞬で「今日は秋刀魚!」と決まった。
今日の晩御飯は秋刀魚の塩焼き、しじみのお味噌汁、貝割菜の胡麻味噌和え、鶏レバーの煮つけ、イカの煮つけ、豚肉とピーマンの辛み炒め。
からいからい大根おろしをお皿いっぱいに作って、秋刀魚と一緒に食べた。
今年の初物。
おいしかった。
2010-09-15
おかあさんの蒸し器
私は一度もちゃんと蒸してる現場をみたことがなかった。
毎回 私が野菜やお肉を蒸すとき、蒸し器がないから、深い鍋に薄く水を張り、底にお椀をひっくり返して置き、その上にお皿を置いてそこに食材を乗せ、蓋をして蒸していて、そのキャンプ的な簡易蒸し器にうぅーん…と何とも言えない切ないような気持ちになっていた。
が、今回 びっくり。
おかあさんもこの方法で、すべての蒸し物を制覇していたのでした!
つまり 間違ってない、ということ。
きちんとおかあさんの味に近付けていけそうだ、ということ。
家事はアイデアと経験の積み重ねだなぁ、と今日は蒸し器から学びました。
実家でのときの流れ
朝ごはんにはコーヒーとパウンドケーキ。
毎回思うことだけど、実家での朝は、1日のうちで一番濃い。
一時間の中に数えきれないほどの出来事がある。1分が通常の5倍くらいありそうな感覚。
きっと 入り込む朝の陽射しの量や角度が刻々と変化していくからだろう。
わたしも動くけど、外の表情も変わるから、倍以上の濃度の感覚。
それがとても好き。
今朝も、窓際で刺繍をするおかあさんを眺めながら朝ごはんを食べ、仕上がりを相談しあったり。
新聞を読んでニュースを見て、お化粧をして、メールチェックと画材やの地図を調べ。
まだ刺繍を続けるおかあさんの側で 手縫いでリングピローを作り上げ。
お昼を食べて 今日はすぐに電車で岡山の画材やさんへ額を買いに行きました。
何年かぶりの路面電車で城下の画材やさんへ。
店に入ると あっという間に 理想的な額と出会い、ものの15分ほどで目的終了。
本屋さんに寄って
それぞれぐるりと見て回り、私はずっと欲しかった飯島奈美さんの料理の本を買ってもらってしまいました。
キムラヤでバナナロールを明日の昼ごはん用に買い、また電車で帰宅。
おやつを食べ、
額を完成させ、
今日もひとりレッスンを廊下でしました。
なんだかんだ 今日は全体的に内容の濃い1日だったな。
2010-09-14
夕方のさんぽ
帰ってくる前は いろいろと
「帰ったら 何にも準備が進まないんじゃないか」と心配で
帰りたいのに帰りたくない、なんだかもやんとした気持ちだったけど
帰ってきてみたら やっぱりここ特有の包容力に包まれて
すぅっと自然にすべてが馴染んでる。
自分がおかれた状況さえ 忘れてしまいそうな感じ。
今日は一日涼しかったから、
夕方 刺繍糸で足りないものを買いに買い物に出るとき
歩いていってみることにした。
普段 東京にいるときなら全然気にならない距離も
なぜか実家に帰って車生活が当たり前の環境になると 一気に歩くのが億劫に感じるけど
今日は涼しさに背中を押されて、でも念のため日傘を持って出てみた。
きゅんとする匂い。
子供のころ、日曜日におばあちゃんちにかえって
夕方 お父さんと妹とよく外で遊んでた頃とおなじ匂いがした。
空気がたっぷり 樹や草や土の匂いを含んで
その中にそれぞれの家の晩ごはんのできる匂いもまじってる、「生きてる」匂い。
一歩一歩 背筋を伸ばして歩いてみた。
今、私が置かれてる状況を 自分でやっと感じられた。
今の時間は きっと 人生の中で とても貴重。
この先をどう生きていくか、
それをじっくり見定めて 決めていくことが許されている時間。
せかせかとあわただしく 先のことばかり心配していては
とてもとてももったいない、そう思えた。
揺るぎないのは
洋服を作りたい、その想いだけ。
とにかく 作りたい。
それをどこで、どうやってか、それを体を動かして見つけていこう。
でも その前に、
私が生まれ育ったこの土地を、
この姓でしっかり味わっておきたい。
そのための貴重な一週間だ、
そうも思った。
2010-09-09
かてきょ
平日は週末とちがって 活気がある街だった。
「おしえてほしいんだけど…」の電話に
「うん、いいよ、いつでも」のふたつへんじができたこと、
とても新鮮におぼえた。
どこかの街ではなく、
家でふたりでいるのは おちついてはなしができて とてもすき。
お昼ごはんに冷やし中華をつくってくれた。

数年ぶりの受験英語は とても難しかった。
「日本語に訳せ」って きらい。
それぞれの言語には それぞれの思考回路があって
その言葉ででしか言い表せないニュアンスがあるのに。
ふたりで顔つきあわせて うんうん唸ってたら 途中抗いようのない睡魔がきたり。
そんなこんなで なんとか解いたけど、
ほんと 翻訳家ってすごい、とおもった。
ニュアンスちがうんだもん、なんて言い訳きかない、
そのニュアンスを伝えなきゃいけない仕事だもんなあ。
尊敬。
そばで ひなたぼっこしながらうとうとする猫と しずかな部屋のなかで過ごした一日。
たのしかった。
2010-09-08
ここ数日と花の水換え

まだまだ 休暇気分です。
毎日 社宅の引っ越しやら荷物送りやら 人に会ったりやらで なにかと分刻みな数日。
でも いいんだ、このほうが。
とにかく からだを動かすほうが今のこころにはやさしい。
いろんな人のいろんな話をきくと
すうっと世界が開けるような感覚になる。
ともだちに会えるということは とてもしあわせ。
会社を辞めて それからつながれる人がいるということは 新鮮でとてもうれしい。
会社の中ではいつも一緒に仕事をしていたけど、そのときにはできなかった話もでき、
いつもそこにあった空気のクッションみたいなものが ぽーんとはずれて ぐっと距離が縮まる。
学校と会社、それぞれ ちがう性質の社会だけれど
ひとつの場所で ぐっと密度の濃い時間をともにすごした記憶を共有してる、
そのことが持つ力はおんなじなんだなあ、と知った。
部屋のそこここで咲いてる お餞別のお花、
日々その姿を変えて 日々終わりに近づいてる。
けれど、毎日水換えをしていると
「水切りをして、水を変えて、古くなった花は短く切ったり 生け変えて」という一連の動作をすることで
毎日 こころがしゃんと呼吸をし 頭も新しい空気をすって クリアになっていく。
ありがたい とおもう。






