ネームとか品質タグとか納品書とか、いちいちきゅんとして、こまかいとこまでじぃっと眺めた。
ネームにつく麻紐や、
取り扱い注意の紙や、
ぜんぶ ひとつひとつじっくりえらんだんだろなぁとおもうと、なかなか紐が切れないな。
がんばってるな。
うれしいな。
大事に着ます。
とつぜん、
くらっとからだが傾いた気がした。
あれっ?と思ったら
眩暈でもなんでもなくて
かたみみのイヤホンからの音が出なくなっちゃってた。
いろんなボタンをおしたりコードを挿したり抜いたりしても 右耳からはなんの音もでてこなかった。
音なしじゃ なんだかさみしいから
音のでないイヤホンと出るイヤホン それぞれ右左にはめて聴いていた。
不思議なことに
こうなって初めてちゃんと耳の機能を実感する。
いつもは当たり前に
両耳イヤホンからの
頭のなかに響く音に包まれてる。
かたみみになると、
とたんに音の出ない右半身が麻痺してるみたいに、感覚にしゃがかかる。
大学生のころ、眩暈がとまらなかったとき、
元看護師のお母さんに一番にいわれたのが
「耳鼻科には行った?」だった。
まったく理解できなくて
なんで耳??(かあさん、わたし眩暈っていったのに)と 不安になってたくさんインターネットでしらべてみた。
耳が平衡を保つ働きがあるっていうのは高校の生物の教科書にあったような気がするような、とうっすらおもいだしたけど、
初めて このとき 自分の体の中のことに置き換えて、いろんな点がつながった。
っていうのを おもいだして、
今朝は耳のことを考えながら電車に乗ってた。
ある日、桜並木にちょうちんがついた時からわくわくはおっきくなって、
行く行かないに関わらず うきうき心待ちにしてた。
ごはんを食べおわって
ちょっと風邪気味のゆうくんの薬を買いに出た時
むこうから ドンドンと太鼓の音。
あっっっと顔を見合わせて 行こう!っと決めて、
ダッシュでお薬を買いにいって戻ってきた。
カメラと500円玉をポッケに入れて出発。
提灯があかく光る櫓と
まわりで踊るおばあさんやおじいさんや若いお母さんたちや 走り回る子どもたち。
ここに「住んでる」ひとたち。
だれもが今日のこの夜を楽しみにしていて、
盆踊りを練習したり、
町内会で準備をしたり、
浴衣を着せてもらったり。
わたしたちは まだ 外側からみてる。
子どももないし、地域の会にも入ってないし。
旅先のおまつりをみにきた感じ。
それでも こうしてふと秘密の花園みたいな地域の世界に触れて、自分も少なくとも5年は住んでる、と思うと、ここに立つ脚をじんと感じて「わたしは生きてるんだなぁ」とうれしくなった。
数年前には考えられなかったこと。
ずっと根付く場所はここじゃないかもしれない。
でも、いつか こんなふうに、
わたしにも、
「生きていく」場所ができるんだろう とおもうと
走りだしたいくらい わくわくした。
毎シーズン恒例のおっきな会議の準備と、土壇場でのやり直し会議と、フィッティングが同時進行だった今日、わたしの初めての子たちのいくつかをフィッティングできずに終わっちゃったのはほんとに残念だった。
でも、迷う隙間がなく仕上がっていたから今日のは見れなくてもいいとして、今日会議で使ってたから運良く居残った 一番好きな品番を来週きちんと自分の目でみたい。
絵と実物の差を、きちんと感覚として覚えたい。
どんなことが、大勢にむけての洋服を作るためには必要なのか。
少しの経験が、次の気づきにつながって、だんだん紡がれていくから。
今日は1日中、お母さんにもらったごま飴をポッケに入れてた。
少しなめると いきなりごま団子みたいなごまだらけの丸になる、ごま飴。
食べるたびに粒々がぷちぷちはじけておいしくて、
気づいたらすごくたくさん食べてしまってた。
こないだ 低インシュリンダイエットの本読んで
糖類にはきをつけよ、とか思ったばっかりだったのにな。
仕事が終わって、
お母さんからメールが来てたから電話した。
ごま飴の話をしたら、
まるで眩しい朝みたいな 明るい澄んだ声で笑ってくれるから、ぱぁっとからだじゅう流れる血や空気がかるくなって、ぐんぐんめぐりはじめた。
今日1日、がんばってよかったな。