くうきのいろ

2010-05-13

花屋さん

今日は朝から 花屋さんに寄ろうときめてたから
会社でて それを思い出したとき
なんともいえない すごく楽しい気持ちになって うきうき乗り換え。

気づいた。
花って 生活のゆとり。
ちょっとした贅沢。
だって なくても困らないもの。
でも『花を買おう』と思ってると 今日は駅を降りてから見える景色がちがってた。

なんだか きもちのなかに焦りがない。
いつもなら せかせか歩いて自転車にのって、あれこれ帰ってからの手順を考えながら猛ダッシュで帰るのに、
今日は 駐輪場までの道のりでさえ ゆったりした気持ちであるいて
いつもなら シャーっと駆け抜ける道路も おやすみのときみたいに半分鼻歌まじりなくらいのんびりこいだ。

道路脇の景色もひとつずつ記憶にのこってるし、
すれ違う人にも のいてよ!っていう気持ちは微塵も起こらず、
ふふふーんという気持ちで。

普段どれだけ せかせか 気持ちを切り詰めてるのか。笑える。

花屋さんは薔薇だらけだった。
いろんな種類の、色とりどりの。

かわいいなあ、と ころんと小さめな花がたくさんついてるバラを眺めてたら
「これはめずらしい種ですよ」とお店の人。
じゃあ、とそれと、似たような とてもきれいな、赤ともピンクともオレンジともつかない色のバラを 合わせて買った。


部屋に花があるっていい。
生けてるその空間から ほんわりと霞むような あったかい粒つぶが溢れてる気がする。
アロマパヒューマーみたいに。

2010-05-12

会社で初めてのミシン

いまさら?っていう感じだけど、そういえば ほんとに会社入って 初めての会社のミシン。

今日はフリルの図案をなんとしても考えなきゃ、と昨日の夕方 リサーチにでかけた甲斐あって、朝から頭にあった形をまずは紙で形づくった。
今まで どうしてだか会社でデザイン、となると、どうしても紙上だけで、もっというと「絵」だけで終わらせようとしてきた。
そして毎回、「なんでここだとこうしちゃうんだろう?自分で自分のための服をつくるときは、あれこれ布で試行錯誤するのに。」と半分後悔、半分反省の気持ちで振り返ってた。

今日はそれが無意識にあったからなのか、でもまったくそれは意識せず、
『作りたい、かわいいものを」っていう気持ちだけが頭にあって、
だから だったら自分で『見える』形にしてみないと始まらない、と ただただ無心におもうばかりだった。

パターンの上でまずは軽くパーツパターンをひいて 紙でフリルをつくってみる。
気づくと これでもか、というほど卒コレのときにつくった、ぐるりの円をつかったパーツになってて、ひとり笑えた。
やっぱ すきなんじゃん。
ものすごい自然にそのかたちが出てきて おかしかった。

よし、これにしよう、という形ができる。

それを持って、まずは先輩に見せてみた。
「ちょっとご相談なんですけどね」というと「よこっち、部分縫いつくってみたら?」と先に言われるから
「いや、その前に、まずは紙でやってバランスみたんですけど、どうですか?」と2つ折りにしてたパターン用紙を広げると、平面のパターン用紙の上に、 ふりふりふりと波打つ紙のフリルが飛び出す絵本みたいに広がった。
それをみて、一瞬息をのんだかとおもうと 大笑いする先輩。
「のっぽさん??!!」って。
なんだか うれしかったこの瞬間。

いいじゃん、いいじゃん、と反応もよく、少しアイディアももらい、
少しパターン修正して、よし と トワルで部分縫いに移った。

トレースして、ざくざくざく、と裁ちバサミで布を切る感触。
椅子の前に座り、ミシンに向かう感覚。
こころがすうっと落ち着いていく感覚。
ギャザーを寄せて いいバランスを見つけながら フリルを配置していくときの無心。

ああ、私 今、会社にはいって初めて「つくってる」と思える、とおもった。
楽しい、と素直に思えた。

これを日常にしている聖ちゃんやしゅんちゃん、パタンナーとしてがんばってる人たち、
ああ 気持ちが豊かだ、とおもうのと同時に、彼らに尊敬の気持ちでいっぱいになった。

2010-05-09

一輪のカーネーション

図書館の帰り道、大学生くらいの女の子が 透明セロファンでラッピングされた真っ赤なカーネーションを持ってるのとすれ違った。

「あ…!おかあさんにあげるのかなあ」って思ったすぐあとに、
「え、でも 一輪だけ…?あげるんだったらもう少しあげればいいのに」と思ってしまった。

でも、朝 遊びに出かけて行ってしまった娘が、夕方ただいまー と帰ってきて、
はい、と一輪 真っ赤な 大きなカーネーションを渡してくれる その場を想像したら、
もう 言い表しようないほど、景色がぱあっと明るくなった。

と、そうしたら もうずうっと忘れてたことが むくむく思い出されてきた。

なんか見覚えがあるとおもったんだ、あのセロファンに一輪包まれた その光景。

小さい頃、妹と私はおこづかい制じゃなくて、必要なときに必要なものをお母さんに買ってもらう、もしくはお金を必要な分だけもらう、というのだったから、自分のお金っていうのは お祭りの時もらったお金のお釣りや 図書券のお釣りをちょこちょこ貯金箱に貯めたものだけだった。
だから、例えばお母さんのお誕生日や母の日に、お花が大好きなお母さんにお花をプレゼントしたいと思ったら、毎回妹とその日が近づくとそれぞれの貯金箱を持ち寄って、ひそひそ「どうする?」って言いながら プレゼントの相談をしてたんだった。

赤いポストの形の貯金箱の、底の黒いゴムをはずして、じゃらじゃらじゃらーと小銭を全部出して、
みぃと一緒に百円の塔、十円の塔、って作っていって、お金を数えた。

毎年、お母さんのお誕生日には 大好きなフリージアを。
母の日にはカーネーションを。

二人合わせてもせいぜい数百円だから、買えても2、3本とかだった。
それを、お母さんと一緒に買い物にいったときに いかにバレずに買って、いかにバレずに家で隠して、夜ごはんのときにサプライズであげるか、それが本当に毎回スリル満点で ものすっごくドキドキ楽しくて仕方なかったんだった。


こんな大事なこと、よく今まで忘れてたなぁ。
あの一輪のカーネーションで全部おもいだした。
貯金箱の手触り、お金を数えるときのわくわく感、こっそり持って帰るときのセロファンの音がすごく気になったこと、時に押し入れ、時に私かみぃの部屋に隠しておいといたこと、じゃーん!ってあげるときのものすごく嬉しかったこと。
リビングの黄色明るい光と 楽しい食卓。


家族、って、あれだ、とはっきりおもう。
その家だけの恒例の行事、その家だけの楽しみ。
その想い出で 今ができてるんだな、と。

 

ゆったりの一日

朝 いつも通り7時前に目が覚め、
寝ようかと思ったけど せっかくだからやっぱり起きとこうと思って
ストレッチしてコーヒーを飲んでしゃんとした。

小さくラジオをつけて、昨日の夜の続きの花を作った。

地味に茎をつけていく作業を何本も何本も。
おやすみの一番すきな時間帯、朝の時間を、ラジオを聴きながら手を動かすっていうのは最高に幸せ。
KONISHIKIのハワイアンな番組がすごく気持ちよくておもしろかった。
よしもとばななの「サウスポイント」を読んで以来、ハワイが気になって仕方ないから ちょうど。

今日の午前中は 花の髪飾りを仕上げて、
12時前にいつもの近所のパン屋さん ひのぱんへパンを買いに歩いていった。

途中の公園でマーガレットが花壇にびっしり植わってるのを 座ってじいっとみた。
眩しくて 眼がくらみそうなくらいに白かった。
迫力があるなあ。本物の花には。


お昼から少し雑誌などの整理。
晩ごはんのカレーの下ごしらえ。

それが済むと、ちょっとちょうど疲れたこともあって、
ゆうくんのお母さんへの母の日カードを出すついでに 図書館へ出かけることにした。
アイス、食べたいねえ、あ、じゃ アイス買って公園で食べよう、とコンビニでアイスを2つ買って、
図書館への道のりの途中にある公園で食べることにする。

2つアイスがはいったプラスチックバッグをかさかさいわせて、自転車で大急ぎでその公園へいく。溶けないうちに。

公園は 毎回横を通ってたのに入ったことがなかったけど、木が多くて なんだか気持ちのいい公園だった。


ベンチにすわってアイスを食べた。
こういうとこ、もし自分が高校生とかだったら 絶対よく来ては友達と喋ってただろうなあ。

ふと見ると、左右違う靴下を履いてるゆうくん。

なんでー?


図書館で花の図鑑とお料理の本と小説を借りた。
図書館ってほんと素敵だ。
宝の山のよう。


帰ったらカレーが待ってたし、今日はひさびさのほんとにのんびりな一日。
よしよし。

2010-05-08

ロバート・ハインデル展

新国立劇場のバレエを見に行ったときにもらったチラシで知った、
ロバート・ハインデル展にいってきました。

一点 一点、バレエを見尽くした人にしか描けないだろう絵だった。
背中の筋肉、首や肩の角度、手や脚の向きや位置、形、なにをとっても 圧倒的な正確さ。
写真以上に舞台やリハーサルの場の空気や、踊り手の纏う空気感、心の温度までも びいんと伝わってくる、音楽や息づかいが聴こえてくるような色彩と筆の動きの世界。

油彩っていうのは不思議だとつくづく感じた。
離れてみると、もうその額からすぐにでも抜け出てくるかのような、「見たまま」のような リアルな体の線や立体感、衣装の質感だったりするのに、じぃっと近づいてみると、さっきまで遠くからでは 動き出しそうな筋肉にみえてた筋が ただの一本のすっとした線だったり、シルクサテンのように見えていた衣装が ただの白とグレーの横殴りの線に見えたり。

細々としたところで帳尻をあわせるような描き方ではなく
そのものを見続け 愛してるからこそできる、本質の軸だけをしっかり捉えた描き方だった。


一巡し、図録を買ってから受付の方と話し込んだ。ハインデルについて いくつか教えていただいたりもした。
そして もう一回りさせてもらった。じっっくりと。

どうやったら、あんなに動きが絶え間なく流れるような景色の ”ある一瞬”を切り抜いて
あんなふうに紙に落とし込めるんだろう。
最高の躍動感と臨場感と ダンサーたちの想いを込めて。


すばらしかった。
明日までです!

2010-05-07

めだまやきの花

朝起きて、ベランダ(というか、小さな庭というか)の窓を開けると
朝の光に照らされて ぽっぽと眩しいほど白く映えるヒメジョオンが目にとびこんできた。

昨日まで、こんなに咲いてたっけ?

思わず 写真に撮ったけど、見てみ たら ひどいできだったので却下。
頭の中に焼きついた景色のほうが何百倍もよかったから。

ヒメジョオンをみるたびに
「あ、めだまやきの花」とおもう。

こどものころ、そこらへんにヒメジョオンは咲いていて、
保育園あたりで初めてじっと眺めて「きれい。めだまやきみたい」と思った記憶がはっきりある。
そのときは 今より花が大きいと思ってたなあ。
もっとつやっと作り物みたいに見えたし。

それ以来 見るたび 妹と一緒に「めだまやきの花!めだまやきの花!」っておかあさんに言ってた。
それに懲りずに「ほんまだねえ」と毎回こたえてくれたおかあさん。
やさしいな。

いまでもあの花には ”ヒメジョオン”っていうなまえより「めだまやきの花」のほうがしっくり似合うとおもう。 

2010-05-04

名古屋のおみやげ

ゆうくん帰宅。

たくさんのおみやげとみやげ話をもって。


かわいい雑貨やさんを名古屋で見つけたみたいで
素敵な箸箱をおみやげにくれた。
重みのある水色のふたの中に、木のお箸。
かわいくて 美しい。
ふたはカチっとはまるベロはないから 止めるようのバンドつき。

あと 色とりどりのナフキンと、
AIR FRANCEのポストカード。

もうひとつ、両国屋是清の「あゆち千なり」。
小豆味とごまあん味とバナナあん味。
ふんわりしたどら焼きみたいな 和菓子。

表面にひょうたんと千鳥の焼き印がおしてある。
かわいい!

おいしくいただきました。
ごちそうさま。