くうきのいろ

2010-09-09

かてきょ

妹に英語をおしえに 京急にのって。

平日は週末とちがって 活気がある街だった。

「おしえてほしいんだけど…」の電話に
「うん、いいよ、いつでも」のふたつへんじができたこと、
とても新鮮におぼえた。

どこかの街ではなく、
家でふたりでいるのは おちついてはなしができて とてもすき。

お昼ごはんに冷やし中華をつくってくれた。


数年ぶりの受験英語は とても難しかった。

「日本語に訳せ」って きらい。

それぞれの言語には それぞれの思考回路があって
その言葉ででしか言い表せないニュアンスがあるのに。

ふたりで顔つきあわせて うんうん唸ってたら 途中抗いようのない睡魔がきたり。

そんなこんなで なんとか解いたけど、
ほんと 翻訳家ってすごい、とおもった。

ニュアンスちがうんだもん、なんて言い訳きかない、
そのニュアンスを伝えなきゃいけない仕事だもんなあ。
尊敬。


そばで ひなたぼっこしながらうとうとする猫と しずかな部屋のなかで過ごした一日。
たのしかった。

2010-09-08

ここ数日と花の水換え



まだまだ 休暇気分です。
毎日 社宅の引っ越しやら荷物送りやら 人に会ったりやらで なにかと分刻みな数日。

でも いいんだ、このほうが。
とにかく からだを動かすほうが今のこころにはやさしい。

いろんな人のいろんな話をきくと
すうっと世界が開けるような感覚になる。

ともだちに会えるということは とてもしあわせ。

会社を辞めて それからつながれる人がいるということは 新鮮でとてもうれしい。
会社の中ではいつも一緒に仕事をしていたけど、そのときにはできなかった話もでき、
いつもそこにあった空気のクッションみたいなものが ぽーんとはずれて ぐっと距離が縮まる。

学校と会社、それぞれ ちがう性質の社会だけれど
ひとつの場所で ぐっと密度の濃い時間をともにすごした記憶を共有してる、
そのことが持つ力はおんなじなんだなあ、と知った。


部屋のそこここで咲いてる お餞別のお花、
日々その姿を変えて 日々終わりに近づいてる。
けれど、毎日水換えをしていると
「水切りをして、水を変えて、古くなった花は短く切ったり 生け変えて」という一連の動作をすることで
毎日 こころがしゃんと呼吸をし 頭も新しい空気をすって クリアになっていく。

ありがたい とおもう。

2010-09-03

「最終出勤日」というひびき




「私事で大変恐縮ですが、本日9/2(木)を最終出勤日とし、退社することになりました。」

退社される人がその日のいちばん最後に送る、退社の挨拶のメール。

入社して初めて見たときは、なんだか大人の世界を覗いた気がした。
とても文章も内容も大人っぽく感じて。
退勤時間6時を過ぎて、いつの間にか送られている、そのタイミングまでも不思議な気がしてた。


それを自分が送ることになるとは。

みなさん いつ準備して こんなメールを作ってるんだろう、と思ってたけど、
当日になれば、自分も誰に教わるでもなく、
デスクやロッカーの片付けをし、宅配で送り、メールを準備し、会社の備品を整理し、
6時の夕礼を迎えていた。
メンズ・ウィメンズのデザインチームとパターンチーム、フロア全員の方々が集まってくださり、その輪の真ん中にいた。
いろんな想いが交錯しまくって、ひとりひとりの顔を見ると その想いがはちきれてしまって、最後 きちんとご挨拶ができなかった。

夕礼は恥ずかしいからいやだな、なくていい、ひっそり去っていこう、と
退社日が決まった日から思っていたけど、
リーダーやチームの方たちが、恐縮するくらいばっちりと色々準備してくださっていて、
みなさんから見送っていただけることが どんなに今回ありがたいかを思い知った。
ひっそりだったら、わたしはもうこの先 どう進んでいいか 自信もなにもなくしてしまってたな、とおもったから。

夕礼が終わり、たくさんの贈り物をいただいて、
はたと PCや携帯を返さないといけないことを思い出した。

そうだ、メール。
作ったメールを読み返して、こころを落ち着けて送信ボタンを押しました。

あとはものすっごくどたばただった。
あれだけ大事に大事にとっておいた いろんなファイルやフォルダも ざざーっと全部選択してごみ箱フォルダに入れて、「ごみ箱をきれいにする」を選んで消した。
さすがに ひやりと心が冷えるのを感じたけれど、それを思ってる時間も余裕もなかった。
かえってそれでよかったのかもな。

PCも携帯もかえし、印鑑を押した。

最後、返すもの。社員証。
総務の方はほとんど帰っていたけれど、ひとりだけ残ってる人をみつけると、
その方は私が入社したその日にオフィスを全部案内してくださった方だった。

呼び止めて、「今日、退社することになったんです」と言ったときの彼の顔はすごかった。
あんまりにも悲しそうな顔をして下さるから もう顔が見えなかった。
社員証をホルダーから出して 手渡す手が震えてしまった。
ありがとうございました、とだけ言って 部屋を出た。


たくさんの方々に たくさんの言葉をいただいた。
そんなに話したことがない方からも。
顔を見れば挨拶をして 一言二言話して笑いあう程度だったキッズのパタンナーさんが わざわざ最後来て下さって、
「横畑さんの服装が好きで、毎日楽しみにしてたんです。毎日お会いできなくなるのが本当に寂しいです」と泣きながら言って下さったのが、とても心にのこった。


ディレクターが言ってくださった「無知の知」ということば。
己を知り、世の中を知ること。
決断したその日から振り返らないで、と。


わたしは 自分で決断したんだ。
会社都合と考えたくもなったりするけど
これはわたしが決断したこと。

この先へ進むべくときがきていた、その波にのったのだ、と。


社会人としての出発地点。
働く上で大切なことを たくさんの方々に教えていただいた。
あの会社ででしかできないような 大きな舞台で働かせてもらった。

ここで終わりじゃない。
あれが出発地点なのだとすると、わたしの先はもっともっと世界へ広がってる。

がんばろう。

ありがとうございました。

2010-09-02

最後の朝

今朝はひとつ区切りの日。
2年半、とことばにすると たったそれだけ?!とびっくりする。

ゆうくんがわざわざ早起きしてくれ、一緒に新宿駅までいった。
いってきます!と手を挙げて、人ごみのなかへ紛れたとき、初めての海外出張で不安でたまらなかったのを、見送って元気づけてくれたことを思い出した。

ずいぶん 経た気がした。

2010-08-27

昼下がりの原美術館にて

お友達が出演する、「BLANK MUSEUM 」へ。

音に身をまかせ
原っぱを 全力でかけまわり とびはねる6人。

ときが ぐわんとゆらいだ気がした。

2010-08-25

みつけた!

昨日 はじめて履いた、ずっと欲しかったバレエシューズ。

Chacottの「ストレッチバレエシューズ」。


まわしものでもなんでもないけれど
ほんとに 書いてある通りの動きをしてくれる、すごいバレエシューズです。

ぴったり吸い付くようにフィットして
指の先の動きまで きちんと指に沿って動いてくれるから 足先までとても綺麗にみえる。
なにより 動きやすい。

どんどん伸ばしたくなるし、どんどん飛んでみたくなる。


やっぱり ウェアやシューズって大事だ。
衣装って大事だ。

2010-08-24

開く脚

「開く脚」ということばは バレエを始めて 初めて知ったことば。

レッスンに通いはじめて数回目のとき
片足をバーにかけてのストレッチをしているとき、私の軸足をみて
先生が「もしかしたら 開く脚なのかもしれない」と言った、そのことばがずっと頭に残ってた。

『開く脚』要は、脚の付け根から くわっと外側を向けることができる脚のつくり、ということ。
「もしかしたら」と言われたことが なんだかいつのまにかすごく気持ちの力になっていて
毎日のストレッチのときにも 脚を根元から開くようにと心掛けてきた。


レッスンに行くのは 2週間ぶりの今日。
朝から もう楽しみで楽しみで、仕事のときも 頭の中では音楽がまわって止まらなかった。
2週間ぶりだからきっとすごく体がなまってて ついていかないだろう、と思ってたから
電車の中でのいつもの秘かな練習(脚を1番や5番に開いてみてる)を念入りにしたり。

この2週間、動けないからだになるのがこわくていやで
朝晩、バーレッスンの最初のさわりの部分だけでも、と いろんなものにつかまりながら
なまらないようにこそっと練習をつづけてた。


それが功を奏したのか。


レッスンはじまってすぐに先生が「いいですよー」と。
まだはじまりの、プリエ(膝をまげる)のレッスン中なのに。
タンジュ(脚を出す)のレッスンに移ったときに、明らかにいままでとは違う指摘をしてくださったり。
バットマン(脚をあげる)のとき、「見本をして」といわれた時には さすがにどうしようか、と戸惑ったけど
「腰も下をむいてるし、脚も外をむいています。いいですよー」と。
数えきれないほど、今日は褒めてもらって びっくりした。

自分の感覚としては、今日 はじめて「膝から出す」ということと「床」という感覚を得た。
足先、爪先、という感覚を初めて感じた。
床とつながってる感。
空気をやわらかく感じる感覚。
張りつめる感覚。

今日 初めて、からだへ感覚が通じた感じがした。

伸び盛り、その言葉をうれしく噛み締めながら
もっともっともっと伸びていきたい。

ほんと、たのしい。