くうきのいろ

2010-04-07

うれしいことば 体への意識

せかせか準備して、なんとか5分前に滑り込んだ、今日のバレエのレッスン。

今日は生徒が6人だけで、こぢんまりとはじまった。

バーレッスンも2本だけだして、じっくり先生がひとりひとりの間をまわって、ひとりひとりの姿勢を直してくれた。

毎回、前回言われたことが、ひとつひとつの動作の時に思い出されて、少しずつ意識の幅が広がってると感じる。
脚の伸ばし方、指の形、肘の伸ばし具合、脚の運び方、手の動かし方。
少しずつ 馴染んでいって、「こう」と意識しなくても 自然にその形にもっていけることが毎回増えていくのがうれしい。

バーレッスンのとき、
「今日はからだがまっすぐしてますよー。いいですよー」と言う先生のことばにはっとした。
ちゃんと気をつけれてるんだ。
たったこれだけで、その姿勢が自分のスタンダードとして記憶されていく。

センターに出てのレッスンに移ったとき、
鏡の前で ポーズをとった姿をみて、少し驚いた。
数日前の土曜日よりも、なんだか少し 背筋も首筋も伸びていて、バレエっぽくなっている。
がちがちの ロボットみたいな姿勢じゃなくなってる。
この調子だ、と思ってると、
先生が横にきて、「上から生意気な言い方になりますけど、とても筋がよくて 飲み込みが早いので、あともう少し”わからない”というもどかしいこの時期を乗り越えたら、ぐんと良くなりますよ!」と言って下さったのが、とてもとても嬉しかった。

今日はバーレッスンにはきちんとついていけた。
センターレッスンでは、土曜日にできなかった脚の運びができた。

ああ、はやく次の火曜日、こないかなあー。

2010-04-06

世界の果てのビートルズ

ついに読み終わった。
世界の果てのビートルズ」。
大好きなラジオで知り、すぐにamazonで購入。

新潮クレストブックス、というのをここで初めて知り、
このシリーズの他の本のセレクトも、タイトルを読むだけでわくわくするものばかり。

毎日少しずつ少しずつ読んでいって、一ヶ月ほどもかかったけど、
細切れに読んでいったのにも関わらず、ひとつひとつの景色が 鮮明な景色と音とともに、しっかりと心に刻みついてる。
こんな本、初めて。

ことばが ぐんぐん 染み込んでくる感じ。
行ったことのない、スウェーデンの北の果てのツンドラの景色が
映画を見る以上に、細かなところまで見える。連れて行かれる。
まるで そこに旅した記憶を思い返すように、冷たい凍てつく空気を頬に感じる。
武骨で素朴で、汗やお酒の匂いをむんと感じる。
かき鳴らされるギターの音が聴こえる。
とてもとても わくわくする。
ぎゅっと 掴まれるような気持ちになる。

いい一冊に出会えた。

2010-04-05

日の出町にて。浄化。

土曜日。

日の出町へ。

ほんとに高架下とその下の建物の隙間という不思議な空間。
踊る人は観る人よりまた一段高い場所で、立つと頭を擦りそうなぎりぎりの高さ。

今から、という区切りもなく、ここが観客席、という区切りもなく、とくとくとぅるとぅる もうはじまっていて、少し違う空気が流れていた。
はじめのうちは、自分がまとう空気と 一段上の場所に流れる空気の質と匂いが違うことに違和感を感じた。

でもしばらく、ぜんぶの力を抜いて 観るとはなしにただその場の空気に身を委ねたら、ふぅっと、ある一瞬から、わたしの空気もそこのそれに合った。

そうすると、あとはただきもちよかった。

途中まではストーリーを読み取ろうとしてみてたけど、ストーリーを頭で理解するよりも からだの感覚でこの場のぜんぶの空気を味わうほうがいいや、と思って、ただひたすら観ていた。


かおりさんは、まったくうまく言えないけれど、過去現在未来すべて含めて存在する「時」と「場所」、光や音や匂いの「記憶」そのものだ、とおもう。
踊るその姿と纏う空気がすべてを物語る。
物語る、というか、そのもの。
溶けている。
あれこれふさわしい言葉を考えてても、このひとことに尽きる。

観てるわたしのからだをそよそよと風が通り抜けていくみたいに、いろんな今までの景色と記憶が身体中をかけぬけて 血が巡るようだった。

なんだか、浄化されたみたいだった。

すごくきもちよかった。

2010-04-04

2010-04-01

ハーブティー

今日は、昨日成城石井に寄り道したときに買っちゃった、ハーブティーがある。
お茶飲めなかったのに、最近少しずつ飲めるようになってきた。

まだ好きになれるものがあったことにびっくり、うれしい。

2010-03-31

風通しよく

なにごとにも臆病で
人のめを気にしてばかりで 得るものなどなにもなく、
我が我が、くらいの自己主張をしてやっと、輪郭は人の目に映るんじゃなかろうか、と今日もまたおもいました。

出会える人、
いただけるチャンス、
それは 風通しのいい窓があいていれば
おのずと 光とともにやってくる。

健やかに。
朗らかに。

どう見られたって 一生こまるわけじゃない。
その場、その一瞬、ちょっと恥ずかしいだけ。

春のはなの写真

春のはなの写真をみて 脚のつけねから全身にかけて じわあっと鳥肌がたった。

こんなふうに 生の姿を、眼と肌とで 感じ、すべてをあるがまま受け止め
やさしくくるんでくれる友達がいる、ということ、
もうそれは 生きてる、存在しているよろこび、すべてじゃないか、とおもった。