くうきのいろ

2010-04-13

りんごポエム

みぃが青森のおみやげにくれたりんごポエムという名のりんごショコラタルト。

きゅっとりんごのかおりが凝縮されてて、なんだか胸がほんわりなる。

2010-04-12

息がくるしくなるのは



毎日 ここじゃない、こうじゃない、というおもいがぐるぐる巡りめぐっている。

パソコンの前で 吸っても吸っても酸素が足りない気がしはじめる。
廊下に出て、一歩一歩背筋を伸ばして歩いてみる。

前に脚をだして、足先を伸ばしてみる。
ここにいる、と確かめる。


きっと「ここじゃない」と思いながら 日々を過ごしているのは、とても非生産的だ。
いま、できることはあるはずだ。
ここで学び、得るべきこと。

少なからず、カットソーについては、2年前よりも詳しくなっている。
縫製方法にしろ、素材にしろ、デザインにしろ。
金銭感覚も少しは。

ただ、どんどん積極性が失われていってるのは日々感じる。
人の顔色ばかりを伺っている。

前に出過ぎず、かといって おいていかれないように、
いつもいつも 読もうとしている。
どうやったら 人の気を悪くさせずにいられるか。

これは果たして必要なことなのか。

わたしは、服をつくりたいんだ。


今日 帰りにドゥージエムとaquagirlに寄って少しリサーチをした。
うっ、となるくらい、かわいい服があって、でも全然作れそうで、また息がつまりそうになった。

2010-04-11

いちごと飛行機

ずぅっと前から計画してた、妹たちとのいちご狩り。
いろんな場所をあれやこれや考えて、「成田ゆめ牧場」にしよう!ときまってうきうき準備した。

朝9時過ぎにうちの近くまで迎えにきてもらう。
朝ごはんはきっと食べてないだろうから、といつものパンやさんに寄ってみると なんとお休み。
気を取りなおして、デイリーヤマザキで薄皮のクリームパンとあんぱん、
向かいのセブンイレブンでチョコチップのパンとコーヒーを買って乗り込んだ。

成田までは車で2時間弱。
運転はみぃの彼にまかせっきりで、東京縦断プラス千葉への景色を窓から満喫。
車だとふだんは見えない景色がみえて とても楽しい。

成田ゆめ牧場に12時くらいに到着。
到着するも、駐車場に「今日のいちごつみは終了しました」の文字。
え!!!となる一同。
だってまだ午前中なのに。
入ろうとした駐車場を一瞬で出て、もしものときのためにとみぃたちが見ておいてくれた別のいちご農園に向かった。

すんなりとはいかなかったものの、なんとかその農園でいちご狩りをさせてもらえることになる。
見てると、とても大変そうな仕事だとおもった。
いちごを育てるのはもちろん、その日の客の入りと食べ具合を計算しながら営業しなければいけない。
どんどんお客さんを入れればいいってものでもなく。
いちご農園を探してるときに よく「イチゴがなくなったら終了です」っていう表記があって、「なくなるなんて そんな」と笑ってたけど、ほんとに死活問題になるんだろうな、としみじみ実感。

丁寧に育てられたいちごは あたたかく 丸くて甘い味がした。
20分という短い時間の中で、4人ともおなかいっぱいいちごを食べた。
温室の中で 汗をぽっぽとかきながら せっせと食べて、数か月の想いを果たした満足感でいっぱいだった。



いちご農園を出ると、これぞ春、という感じの ぽかぽかの気持ちのいいお天気になっていた。
肺に吸っても吸っても足りないくらい、からだの芯からうれしくなる土と草の匂い。
からだがいちばん喜ぶ匂い。
いちばん知ってるやさしい匂い。
やっぱりあんまり無理しないほうがいいよ、とまた自分におもう。


いちご農園を出て、さくらの丘公園へ。
成田空港のすぐ横にある、滑走路が一望できる公園。
みぃが何年も前から 行きたい行きたいといってた場所。
背中に日差しが暑いくらいの陽気になって、もう楽しくて仕方なくて、
まわりにいる子供たちみたいに、みぃとふたりで走り回ってはしゃいだ。

丸裸のわたしで。
誰に なんの気兼ねをすることもなく、格好つけることもなく、
ただただそうありたいからある姿勢。
普段どれだけ防御壁をはって、防護服を着てるんだか。
ばかばかしくなるくらい。


飛行機は すばらしく美しかった。
みぃの飛行機好きは本物だ、と改めて知った。



近くにある航空科学博物館へも行った。
展示がとてもおもしろかった。
おもしろかったし、子供のころの日曜日のおでかけを ものすごく思い出して、何度もじいんとなった。
館内のにおいも、胸を奥がくすくすなるような、懐かしいにおいがした。
こういうところ、お父さんお母さんおばあちゃんみぃでよく来たなあ、と。


3時頃、おなかがさすがにすいて、博物館の4階の展望レストランへ。
滑走路が真ん前に見えるレストランで、「懐かしのナポリタン」を食べた。
小さなサラダと、ウインナーがたくさん入ったナポリタン。
パルメザンチーズとタバスコをたっぷりかけて食べた。
おいしかった!


食べ終わってから一階の売店で、air Canadaの模型を買った。
ひとつ 飛行機のフィギュアの仲間ができた。

外へ出るとさっきまでの景色とは一変、くもがもくもく出てきて、風もびゅうびゅう吹いて、気温も突然さがってた。
嵐みたいな風の中、外に展示してある古い飛行機たちにとりあえず乗りに行った。
走り回ってこどもみたいだった。


行き帰りの車の運転をすべてみぃの彼に任せてたから、ほんとうに楽ちんで、
だからこそ 時間がたつのが早くて、さっきまで博物館にいたのに、もうお別れしなきゃいけないのか、と7時前にうちの前についたときにさみしくてしかたない気持ちになった。

楽しい時間はあっというまだな。
それにしても、笑い続け、たくさんおいしいものを食べ、幸せな一日だった。

2010-04-10

新宿御苑にて

いつもの女子会メンバーでお花見。

お弁当は持ち寄りで。

想像以上の豪華なお弁当にみんなで感動した。

2010-04-07

うれしいことば 体への意識

せかせか準備して、なんとか5分前に滑り込んだ、今日のバレエのレッスン。

今日は生徒が6人だけで、こぢんまりとはじまった。

バーレッスンも2本だけだして、じっくり先生がひとりひとりの間をまわって、ひとりひとりの姿勢を直してくれた。

毎回、前回言われたことが、ひとつひとつの動作の時に思い出されて、少しずつ意識の幅が広がってると感じる。
脚の伸ばし方、指の形、肘の伸ばし具合、脚の運び方、手の動かし方。
少しずつ 馴染んでいって、「こう」と意識しなくても 自然にその形にもっていけることが毎回増えていくのがうれしい。

バーレッスンのとき、
「今日はからだがまっすぐしてますよー。いいですよー」と言う先生のことばにはっとした。
ちゃんと気をつけれてるんだ。
たったこれだけで、その姿勢が自分のスタンダードとして記憶されていく。

センターに出てのレッスンに移ったとき、
鏡の前で ポーズをとった姿をみて、少し驚いた。
数日前の土曜日よりも、なんだか少し 背筋も首筋も伸びていて、バレエっぽくなっている。
がちがちの ロボットみたいな姿勢じゃなくなってる。
この調子だ、と思ってると、
先生が横にきて、「上から生意気な言い方になりますけど、とても筋がよくて 飲み込みが早いので、あともう少し”わからない”というもどかしいこの時期を乗り越えたら、ぐんと良くなりますよ!」と言って下さったのが、とてもとても嬉しかった。

今日はバーレッスンにはきちんとついていけた。
センターレッスンでは、土曜日にできなかった脚の運びができた。

ああ、はやく次の火曜日、こないかなあー。

2010-04-06

世界の果てのビートルズ

ついに読み終わった。
世界の果てのビートルズ」。
大好きなラジオで知り、すぐにamazonで購入。

新潮クレストブックス、というのをここで初めて知り、
このシリーズの他の本のセレクトも、タイトルを読むだけでわくわくするものばかり。

毎日少しずつ少しずつ読んでいって、一ヶ月ほどもかかったけど、
細切れに読んでいったのにも関わらず、ひとつひとつの景色が 鮮明な景色と音とともに、しっかりと心に刻みついてる。
こんな本、初めて。

ことばが ぐんぐん 染み込んでくる感じ。
行ったことのない、スウェーデンの北の果てのツンドラの景色が
映画を見る以上に、細かなところまで見える。連れて行かれる。
まるで そこに旅した記憶を思い返すように、冷たい凍てつく空気を頬に感じる。
武骨で素朴で、汗やお酒の匂いをむんと感じる。
かき鳴らされるギターの音が聴こえる。
とてもとても わくわくする。
ぎゅっと 掴まれるような気持ちになる。

いい一冊に出会えた。

2010-04-05

日の出町にて。浄化。

土曜日。

日の出町へ。

ほんとに高架下とその下の建物の隙間という不思議な空間。
踊る人は観る人よりまた一段高い場所で、立つと頭を擦りそうなぎりぎりの高さ。

今から、という区切りもなく、ここが観客席、という区切りもなく、とくとくとぅるとぅる もうはじまっていて、少し違う空気が流れていた。
はじめのうちは、自分がまとう空気と 一段上の場所に流れる空気の質と匂いが違うことに違和感を感じた。

でもしばらく、ぜんぶの力を抜いて 観るとはなしにただその場の空気に身を委ねたら、ふぅっと、ある一瞬から、わたしの空気もそこのそれに合った。

そうすると、あとはただきもちよかった。

途中まではストーリーを読み取ろうとしてみてたけど、ストーリーを頭で理解するよりも からだの感覚でこの場のぜんぶの空気を味わうほうがいいや、と思って、ただひたすら観ていた。


かおりさんは、まったくうまく言えないけれど、過去現在未来すべて含めて存在する「時」と「場所」、光や音や匂いの「記憶」そのものだ、とおもう。
踊るその姿と纏う空気がすべてを物語る。
物語る、というか、そのもの。
溶けている。
あれこれふさわしい言葉を考えてても、このひとことに尽きる。

観てるわたしのからだをそよそよと風が通り抜けていくみたいに、いろんな今までの景色と記憶が身体中をかけぬけて 血が巡るようだった。

なんだか、浄化されたみたいだった。

すごくきもちよかった。