モードってなんだ。
昨日 夜、雑誌を見ながらずぅっと考えてた。
必ずしも色じゃないんだ。
やりきること。なのかもしれない、と霧のような思いが浮かんだ。
辛いばかりがモードじゃない。
甘いなら 甘いをつきつめてやりきる。意表をつくくらい。
それを甘ったるくただのぼんやりふわふわに仕上げないのはコーディネートの力だ。
スウィートでハッピーなものもモードになりうる。
というより わたしが目指すべきモードが、スウィートでハッピーなものなんだろな。
ちょっとだけ すっきり。
それは黒い服の防御力の強さ。
と同時に色ものの弱さ。
わたしはどうしてもペールトーンにばかり目がいくし手にとってしまう。
クリーム色や杢ベージュ、コーラルピンクや淡いブルーグリーン。
それに、いろんな色が入った大柄の花柄。
流行り廃り関係なく 子どものころから ずっと。
でも 今の流れの中
特にいわゆる「業界」といわれる中では
圧倒的に色ものは弱者みたいだ。
ロンドンパリで
毎日わたしひとりだけが色だった。
他の人はみんな頭の先から爪先まで真っ黒だった。
ハイブランドの店が軒を連ねる通りを歩く人たちもみんな黒かった。
そんな中 歩くのは
正直すごく疲れた。
自分が幼稚にみえるようで、ウインドウに映る度 あぁ と場違いな思いがした。
モード=ブラックの根深さを思い知った。
実際 いっしょにいった人が「一目でモード関係者ってわかるよね。とりあえず黒着とけば安心だから。」と 横の人に言うのを聞いちゃったし。
黒を知らないからっていうのもあるんだろうけど、
それにしてもつまらなすぎるんじゃないかな。
安易だ、 とはまだ黒のおもしろさを知らないから 簡単には言っちゃいけないと思うけど、
この世界は色で満ちあふれてるのに その色をすくいとらないのはもったいない。
でも いやだいやだ ばっかりじゃ それもまたもったいない。
わたしも黒を一度体験してみないとな。
それとは別に やっぱりわたしは色がすきだ。
そこが 今のわたしの出発点なんだった。そういえば。
今朝は寝坊が心配すぎて
4時半くらいから寝ぼけて起きて、
また寝ぼけたまま床で寝てたり、
そんな頭でお弁当つめたり。
でも今日はやっとからだがかえってきたのか
出張あけのひどいむくみと眠気からは解放された。
月曜日の夜 家族4人がリビングに揃い、みんなで新品種のマスカットを食べながら、房が倒れただけで笑ってたのや、
おととい うちに二家族8人が勢揃いで賑やかに楽しくごはん食べてたのとかが
まるで夢みたい。
あまりに楽しい日が
凝縮されまくって
たった1日2日におさまっちゃったのが残念。
余韻をしっかり味わおう。じゃなきゃ もったいなすぎる。
感じて、
しかも開き直れず、
いつもどうしようもなく悲しい気持ちになること。
人間力っていうことばをよく聞くけど、わたしにはそれがない。
あるとしても薄すぎる。
もしくは今の場所があわなさすぎるのかな。
昔からそう。
高校では特に。
苦い思い出ばかり。
初めてカナダに留学した時、どうやっても埋もれてしまって死ぬほど苦しかった。
今、そのときに近い。
英会話を始めた時、
はやくうまくなりたい一心で恥もなにもかも捨てて、からだまるごと私、っていう気持ちで体当たりした。
人は物怖じする人の言葉はあんまり信じない。
だけど わからないならわからないなりに体当たりで頑張るガッツは買われるし、可愛がられる。
私は ものをしらなさすぎて まったくことばをもっていない。
洋服をみて感動はする。
なのにそれを表現することばをもたない。
そうすると自然にくちをつぐんでしまう。
そうすると存在感がもともと薄いのに もっと薄くなって自分で息をするのが苦しくなる。
努力できる余地は腐るほどある。
いいものをたっぷりおなかいっぱいみて
目を養おう。
多少 ミーハーにならないと。
老舗の二大デパートのギャラリーラファイエットとプランタンをぐるりとみてまわると もう閉店の9時。
やっぱりパリは夜になると街が輝く。
昼間はざわざわ、
東京より早足で歩く人でごったがえして きれいとも思わないけど。
今売れてるものと
この先売れるかもしれないもの。
それぞれが何なのか嗅ぎ分け、何が参考になるものなのか整理して 必要なものをサンプルとして買うっていうのはなんなのかよくわからなくなった。
夜、ひさっしぶりのゆうくんの声。
いっきにふかっふかになった。
ありがとう。